わたしは、離婚と同時にイメージコンサルタントという仕事を始めました。
この仕事を・・・しかもどこかの会社に勤めるスタイルでなく「個人事業主」というカタチで始めたのには、いくつかのハッキリとした理由があります。

私がイメージコンサルタントを、個人事業主として始めたワケ
① 時間が自由だから
② 結婚前に経験してきたこと&学んできた知識を活かせるから
③ 21年前当時、やっている人が少ない仕事だったから
④ 息子に母親として誇れる仕事だと思ったから
以上4つが、私が子供を抱えながらやっていこう!と、これを選んだ理由です。
離婚をするにあたって誰もが悩むのは「これから子供との生活を、どうやっていこう?」ということです。
私はダンナ様と都内の賃貸マンションに住んでいたので、離婚して母子だけで都内で家賃を払って生計を立てていくことは不可能でした(結婚中は専業主婦で、しかも結婚前には何の本格的なビジネスキャリア的なものは積んではいなかったので・・・汗)
ということで。
・・・田舎に帰るしかありません(笑)
私は離婚にあたって、まず息子を連れて実家(関東ですが)に帰ることに。(←良くある話ですね)
実家なので、家賃の心配はなくなりましたが、でも両親に生活の面倒を見てもらうワケにはいきません!、さぁ仕事をしなくては、でした。
でも赤ちゃんである息子がいるので、少しでも子育てのために時間の融通が利く仕事をすることしか頭になく・・・ひとり親になってしまったので、食べていくために仕事をすることで息子のそばにいる時間が少なくなるのはゼッタイにありえない、という自論を持ちすぎていたので(笑)
なので、理由①【時間が自由だから】が、私にとっては重要になってくるわけです。
その代わり、お勤めするとは違って仕事を得るのも自分自身の営業力。
これがまた大変でした。
そこで理由②【結婚前に経験してきたこと&学んできた知識を活かせるから】。
若い時代にブライダルモデルやコミュニティラジオのパーソナリティ、そしてナレーターコンパニオンなどの仕事をしていたので、人の前に出ておしゃべりをすることに慣れていました。 そこに、妊娠中に通ったイメージコンサルタントのスクールで得た知識を加えて「人をステキにする仕事ができる!」と思いつきました。
それと、理由③【21年前、やっている人が少ない仕事だったから】。
当時「私はイメージコンサルタントです!」と仕事をしている人はそういなかったので、、、、ここからが自分での営業の始まりです。
実家での生活で、息子が保育園に行っているあいだ、朝からイエローページ(当時はネットがあまり普及していなかったし・・・笑)で、県内そして近隣の県の企業や団体、結婚式場やホテルなどに電話帳の1ページから電話しまくり「わたくし、東京でイメージコンサルタントをしている者ですが(←この時点ではまだ経験ナシなので、今考えるとこれはかなり営業トーク・・笑)そちらで研修や講演をやらせていただけないでしょうかっ??」と、飛び込み営業電話&テレアポの日々。。。(;・∀・)
結婚式場には「カラーアナリストとしても仕事ができるので、ブライダルフェアでの新郎新婦向けイベントや、ウエディングプランナーの研修などできますっ!!」と、しつこく電話して営業をしたものです。
(たぶん、電話口の方は「お姉さん、こわいよ・・」というくらい、熱い語り口だったような気が・・苦笑~)
最初の数ケ月は激しく断られる連続でしたが、だんだん営業電話の要領も分かってきて、ある結婚式場が「ブライダルフェアでカラー講座を考えているので、話を聞きたい」と言ってくれ、仕事になった時はうれしかったです♪(この結婚式場では、これをきっかけにその後長いあいだ色々な仕事をさせていただきましたー)
それからは営業も実ってきて、県内の法人会での講演や企業でのイメージアップ研修などがちょこちょこと入り始め・・・(ただ、まだ駆け出しだったので講演料はそう何十万円も取れず、5万円とかせいぜい10万円とか、そんなカンジでした)、でもそうなると講演歴もたまってくるので、プロフィールも『いっぱしのキャリアウーマン』的に、企業名や団体名入りの立派なものにだんだんとなっていき、その後の営業もやり易くなって来るものです。
ですが、もちろん常に自分で営業をして仕事を取り続けなくてはならないので、ひとつも講演が入らない月だってあります。(あ。これはもちろん、いまもそうですよ)
研修や講演に呼ばれなければ、その月の収入は0円です。(これが子供を抱えて自由業で生活していくのが不安なことなのですよねー)
でもそんな月は、たくさん稼げた時の貯金を使いながら、次の収入まで頑張ってまた営業をし続けました。(方法としては、大きな仕事ではなく周りの知り合いに声をかけてパーソナルカラー診断にお伺いして診断料をいただいたり、個人的にイメージアップのカウンセリングをしてカウンセリング料をいただいたり、と小さい収入も大切にしました)
こんな苦しいときには、実家というのはとても有り難かったです。(家賃の心配がないだけでも、本当に助かりましたので、あとは生活費をとにかく稼ぐだけで必死で営業活動に専念できました)
両親と一緒だと遊びに出にくいし、子育てにも口を挟んでくるし、何かと面倒だし・・・と、ちょっと思ってしまう人もいらっしゃるかと思いますが、でももしあなたが何か自分自身でキャリアをつけて将来食べていきたい!と考えているのなら、そこは割り切って家賃の心配がない実家に甘えるべきです。
キャリアを積むのに毎月毎月家賃から心配をしていたら、良い営業や仕事について良いアイディアなんて出てきません。
家賃に使うべきお金を、収入が入らないときのための蓄えや、新しい仕事を取るための営業資金として使うべきですから。
とにかく、何だかそうやって毎月収入を繋いでいたような気がします。

でも、この仕事は講演当日と打ち合わせの日と、あとは営業などでアポイントのある日以外は息子のそばにいられたので「ママが忙しく働いて家にいない」という淋しさを息子に与えることはなかったのです。
仕事の入れ方も、自分の都合でアポを入れられるので、息子が小学生のときには午後3時くらいには家に帰ってくるので、そんな時期には私は16:00すぎには命がけで帰宅したものです~(笑)
●クライアント:「越智さん、打ち合わせは16:30~からいかがでしょう?」
●わたし:「申し訳ございません、その日は夕方以降はV.I.Pとの予定が入っておりますので、11:00~もしくは翌日の13:30~からではいかがでしょうか?」
・・な感じ。(子供は私にとってV.I.Pですからね。。笑)
講演などもキャリアを積んでくると、堂々とメディアにも営業をできるようになってきて、当時流行っていた女性誌のライターをやっているお友だちにお願いしたり、時にはあちらからオファーをいただいたりして、雑誌やワイドショーなどにも取り上げていただく機会が増えてきました。(有難いことに、当時人気だった雑誌には、たくさんの機会をいただきました)

そこで、この仕事をはじめた理由の④【息子に母親として誇れる仕事だから】が実現してきたワケです。
メディアに取り上げられていただいたり、著書を出版したりすると、お友だちや同級生のママ達から学校で「ねー、○○くんのママ、雑誌に載ってたね!」とか「TV、観たよ」とか「お母さんの本、買ったわよ」と担任の先生に言われたりすることが増えた息子は、それを帰宅すると私に報告してくれるのです。
その時の彼の顔がとても自慢そうで、何だかうれしかったものです。
誰に褒められるのよりも、息子に「ママってすごいんだねー♪」って言われるのが至福のときで、そのためだけにこの仕事をやってるのかな?とも思う自分自身でした。
子供を誰にも預けられないときには、講演先に息子を一緒に連れて行ったことも多々あるので、息子は演台で講演する私をもう長いこと見ていますし、そんなところも誇ってくれていたのかもしれません。
息子はパパの顔を知らないので(離婚後、21年間一度も会わせていないので)、父親がいないことに引け目を感じることのないよう、母親である私が両親のいるご家庭以上に私を誇れることができるよう選んだこの仕事です。
今でこそ「シングルマザー」という表現で、私たちも堂々と生きていますが、20年以上前はまだ離婚はネガティブなイメージで、「○○さん、母子家庭なのよ。 大変よねぇ~」と必要以上に同情される時代でもありましたから。。
自分で営業して、仕事を常に取っていくことはとても大変です。
ですが、“子供のそばにいられる自由な働き方”と“価値のある仕事”が、私にとっては会社に勤務して安定した収入を取っていくことよりも大事だったので、私にはこれらはどうしても譲ることはできない人生のポイント。
そんな価値観を持ち、今もこうやって自分で会社を持ち、営業を続けて仕事をしているわけです。
もちろん。
働き方は人それぞれですので、私のこの仕事の選び方が正しいとは限りませんが、私のように子供を育てながら“自分自身の仕事をしていきたい”という方には、少しだけでも参考になれば良いな、と感じます。
今日は長文になってしまいましたが、最後までお読みくださりありがとうございます💛
